ぬぽん堕落雑記

2児の父なのに、仕事をしたくないダメ親父が、自分を見つめなおすための雑記

転職活動再開、そして終了

一旦は体調が回復したということで、再び仕事に復帰しました。

しかし、やはりモチベーションがあがりません。手につきません。

やろうと思っても、身体が動かず。

 

色々調べて、これは所謂新型うつ病というものではないか。とか考えていました。

一方で、ただのさぼり癖がついてしまっただけなのではとも思いました。

 

そうこうしてさらに三か月が経ちました。

負担をかけてしまっていた妻が、無事に子供を産んでくれました。

僕たちにとって、二人目の子供で女の子でした。

とてもかわいく、うれしく、いとおしく感じました。

でも、それと仕事を頑張らないと、と思う気持ちは別でした。。。

 

薬を飲まなくても、調子が良かったため、もう完全に回復したものと思いました。

転職活動を開始したのです。

いくつかの会社にエントリーし、面接を受けたのですが、結局どこにいっても同じような仕事をし、同じようにモチベーションは上がらないのではと思うと、怖くなってしまいました。

転職活動をするまで知らなかったのですが、専門職の転職は、ジョブマッチがとても重要で、前の経験をいかに生かせるかが問われます。

逆に言うと、転職先でも同じような仕事をすることになります。

 

これまで、私の中でくすぶっていた、異業種への転職が頭を出し始めました。

でも何をしたいか、何になりたいかがはっきりしていません。

今のまま仕事をやめることは、さすがの僕でも出来ません。

 

33歳にして、何をしたいか、何になりたいかを探すことになりました。

うつ③-家族の優しさー

妻に転職したいと相談しました。

妻は、転職してもいいから、まずは元気になってからにして、と言ってくれました。

妊婦であるにもかかわらず、妻には負担をかけてしまった、と思いながらも、自分ではどうしようもありませんでした。妻とお腹の子には申し訳なさでいっぱいでした。

それからは、心療内科で処方された薬を飲み続け、食欲も回復していきました。

しかし、仕事は手につかず、仕事へのモチベーションは相変わらずでした。

 

そうこうして2か月経ちました。

会社には行っていたのですが、再び食欲が低下し、胃が痛いという症状がでました。

心療内科で処方してもらった薬が切れてしまったためです。

土日には、ベッドから起き上がれず、何も食べられないという状況でした。

ひもじくも動けず、自分が情けなくなりました。

ベッドの中からテレビ電話をしていて、3歳の子供から、「ご飯が食べられないなら、美味しいバナナを持って行ってあげるよ。」と言われ、号泣してしまいました。

子供の優しさが心にしみ、家族に生かされていると感じました。

 

妻が、「そんなに苦しいなら、明日にでも帰っておいで」と言ってくれました。

その一言で、救われたような気がしました。

上司に、一週間休みをくださいと電話し、すぐに日本へ帰国しました。

うつ②-心屋さんの本に出会うー

昇格が遅いと内示を受け、ひどくショックを受けました。

緊張の糸が切れ、食欲がわかず、仕事も手につかない。

そんな状況が2週間くらい続きました。

 

自分では、今うつなんだろうな、とぼんやり思っていました。

うつ病にかかった旦那さんを持つ方のブログを読み、電車の中で涙しました。

二人目を妊娠している妻が、どれだけつらい思いをするだろう。

このままではいけないと思い、日本に帰国しすぐに心療内科に行きました。

 

診察結果は、うつ気味、でした。

完全なうつではないけど、うつ気味。

仕事は1、2週間休んだ方が良い。と言われました。

でもまた悪い癖で、休んだ方が良いと言われると休めないと思ってしまうのです。

 

結果的には、幸か不幸か、診察直後にインフルエンザに罹り、1週間休ませてもらいました。

身体が休みを欲していたのかもしれません。

 

その休みの間に、心屋仁之介さんの、「がんばっても報われない本当の理由」と、「好きなことだけして生きていく」という本を読みました。

ありのままの自分を好きになり、嫌なことは頑張らず、好きなことをする。という内容。

緊張の糸が切れた状態の僕には、とても優しく、眩しい本でした。

 

そこで初めて、今の仕事は、したいことではなかったのだ、と気づきました。

うつ①-きっかけー

僕が本当にしたいことは?と考えるようになったきっかけは、

仕事で、同期よりも昇格が遅いことを内示されたことです。

また、それはうつになった、きっかけでもあります。

 

しんどいけど頑張ろう、と目の前のことを一生懸命してきました。

先の見えない仕事も、必死にやってきたつもり、でした。。。

でもそれは、結果として自己満足でした。

そう考えると、これまでしんどい思いをしてきた自分や、日本で僕がいなくても我慢している家族に申し訳なくなり、涙が止まりませんでした。

こんなことで自分が大泣きするとは思いませんでした。

 

人生は納得のいかないこともある。とよく言われます。

僕以上に、つらい思いをしている人もいると思います。

でも、その時はつらかった。

韓国での残り任期は、あと2年。

本当にしたいこと

あなたの小さいころの夢は何でしたか?

これまで心から、何がしたい、何になりたいとか思ったことはありますか?

 

僕は、したいこと、なりたいものがありませんでした。

 

中学生のころは、部活のサッカーをしながら、

ドラクエの世界にどっぷり入り、目の前のことしか考えていませんでした。

 

高校生のころは、部活にはいかずマージャンし、女の子と遊びたいと妄想し、

大学受験の勉強から逃げていました。

目の前のことから逃げていました。

 

案の定、大学受験に落ち、浪人生活に入りました。

今思えば、一番現実と向き合って、努力していた時期だと思います。

勉強すればするほど、成績が上がりました。

人からもスゴイと持ち上げられ、自分に自信がついていました。

ただ漠然と良い大学に入り、良い会社に入り、良い生活をしたいと考えていました。

詰め込み教育の敗北者ですね、、、笑

 

大学に入り、なんとなく友達と時間を過ごし、なんとなくバイトし、遊び、、、

工学系の大学院に進学しました。

罰当たりなことに、当時はそれを当たり前にように親に仕送りをしてもらっていました。

 

そのまま、専門職に就きました。

 

今の仕事は、給料をもらうためにやらなければいけないから、やっています。

それが全てだという人もいるかもしれません。

 

でも、明日死ぬならそれをするか?と聞かれたら間違い無くしません。

したいことをする人生。

 

そういえば、前までは文章を書くことが好きでした。

いつからか、嫌いになっていた。

多分、仕事を始めて、報告書を書くことが嫌いになってから。

 報告書をしっかり書くことは、ビジネスマンとして重要な能力です。

僕は、それが苦手でした。

論理的に、わかりやすく文章を書くことが苦手でした。

書いたら、何回も見直して、誰かから怒られないかビクビクしながら報告書を出していました。

 

ブログでは好きに書いてもいいのです。

一つ、したいことがあったことを思い出しました。

ブログはじめます

こんにちは、ぬぽんです。

今は韓国に住んでおり、妻と子供を日本に残して単身赴任をしています。

今の仕事は本当にしたいことなのか?

本当に自分がしたいことを探したい、と考えています。

 

何を甘ったれたことを、と思う人がいると思います。

気に入らなければ読まないでください。

ブログの中だけは、好きに書かせてください。

 

本当は、日本でゆっくりのんびりして、美味しいものを食べたいなぁ。